24 March, 2011

桜の花が咲きました。
とても、とても
穏やかに。

花は何も語らないところが
好きです。

23 March, 2011

桜の木とロウソクの火の光

今日も停電でした。
ロウソクの火。
とても穏やかな光を放ちます。
ぼくは台の上に、この前の雨の日に花屋さんで買った小さな桜の木と、ロウソクを並べて置いておきました。
ロウソクは桜の木を照らし、そのシルエットが薄らと壁に映りました。
火の光が生みだす、ゆらゆらと壁に映る影をカメラで撮影しようと試みましたが
うまく映りませんでした。

写真に取れないものは
心だけでなく、
すごく小さな光や、その影もあるんだと
今日、気づきました。

22 March, 2011

停電の夜に

電気が使えない夜が訪れるようになってから
もう1週間以上が経っています。

夜の停電はなぜだか、時間の流れるスピードをすごく遅くしているように
感じます。
1時間が1時間以上に感じたりします。
テレビやインターネットも使えず、
ただロウソクの火を見ています。

暗い中で久しぶりに
メールを読み返しました。

保護してある昔のメールは、全部君からのメールでした。
読み返してみると
「あ、こんな時があったな。」とか
「あ、こんなにうれしかったんだ。」とか。

今では見落としてしまうような小さな出来事も
文字を通じてぼくは思い出しました。

こんなにも大切な人がいて
こんなにも大切にしたいと思える自分がいる。

ぼくは胸を張って幸せだと言いたいです。
もしかしたら、こんな風に思っているのはぼくだけかもしれないと思うと
少し寂しくなったりもします。

でも、好きという気持ちを
ずっと忘れたくないと思ったのは事実です。

停電の夜、暗闇の中で
昔の君とぼくの文字が
今のぼくを元気にさせてくれました。

ありがとう。

07 March, 2011

季節

新しい出会いの季節。
別れの季節。

何度、別れの季節を過ごしてきただろう。

みんな元気なのかなあ。

06 March, 2011

ありがとう

一言の言葉でうれしくなったり
すごく傷ついたり
人間って複雑だなあと思う。

そんなことを思っていても
まだ
人間でいたいと
思うのです。

02 March, 2011

暗い道で、寒い空のこと

きっと忘れない。
忘れないよ。

01 March, 2011

もう少し

もう少し、もう少しだけ。

27 February, 2011

言い訳と良い訳

言い訳は言いたくないけど
良い訳は言いたいな
と思っています。

でも
言いたいと思っても
言葉にしたくないなと思うこともある。
ほわっとしたままの雰囲気のままがいちばんきれいだったりすると思うのです。
ぶれた写真や
ピントがうまくあわなかった写真のように。

ぼやけてるから
自分勝手に想像できる。


はて、何でこんなことを思ったのだろう。

26 February, 2011

南の国で

バンコクに行ってきました。
たくさんのものを見てきました。
それは、それはたくさん。

たくさんの辛いものを朝昼晩と食べました。
辛いものにしか出会わなかったからです。

たくさんの明るい人たちに出会いました。

動物園にも行きました。
たくさんのかわいそうな動物たちにも出会いました。

たくさんのものを見てきたり
感じてきて、
遠い遠い南の国で
ぼくは気づきました。

やっぱり、ぼくには
君が必要です。

20 February, 2011

タイ

明日、タイのバンコクに旅に行きます。
タイは暖かいそうです。
楽しみです。
たくさん歩いてきたいと思います。

12 February, 2011

さて、ワタリウム美術館に向かいます。

11 February, 2011

まわる

世界はまるい。

04 February, 2011

風邪

風邪をひいていました。
まだ治りません。

29 January, 2011

「愛している」の響き

23 January, 2011

そうだ。

忘れたくない。
好きという気持ち。
一人の時の寂しさ。

22 January, 2011

晴れている日には

晴れています。
こんな日は
ゆっくり温かいお茶を
飲むのです。

21 January, 2011

満月

今日は満月でした。
とてもきれいだったので
ビデオに撮ろうと思って
撮影をしました。

月を撮影するのは初めてのことでした。
以外と月が動くスピートが速いということがわかりました。

月にうさぎ。
いるといいなあ。

きっといる。
いると思います。

君と月を見たい。
月を見ながら「あ、うさぎがいるね。」「うん。いる。」という会話、
そして
「君が好きだ。」と言いたいです。

20 January, 2011

場所

いいことが起こると
自分のことではなくても
うれしくなってしまいます。

あと5年間、ぼくは必死に生きようと思います。
そうすれば、その次の10年間、もっと楽しくすごせると
なんとなく思うのです。

ぼくは今、25歳なのですが
20歳からこの5年間、とても大きな経験をしてきたと自分は思っています。
まだまだ動けるなと
最近、思います。

体が動かなくなってから
「ああ、こういうことやりたかったな。」と思うよりも
今、やってしまえばいいと
思うのです。

思っているだけでは
なんにもならないので
行動しなければ。まずは人と会って話すことから。
「楽しく」が信条です。

生きているうちに
やりたいことはやり尽くしたい。
ずるをしてでも。
抜け駆けしても。
フライングしても。

ああ、人生は短いです。
すぐ歳をとってしまいます。
ぼくは、まだ25歳なのです。

19 January, 2011

この前、山の手線の電車に乗っていました。
途中、渋谷駅で電車が止まってしまいました。
人身事故でした。

ぼくは、そんなに急いではいなかったのですが
山手線から埼京線に乗り換え、家に帰ろうとしました。
乗り換える途中で
「なんで日曜日に自殺するんだよ。」という女の子の声が聞こえました。
ぼくは「そうか、日曜日の自殺ってめずらしいのか。」と、ふと思いました。

翌日の朝、テレビのニュースで
全盲の方がホームから誤って転落してしまったということを知りました。
昨日の人身事故は女の子が言っていた自殺ではなかったのです。

電車乗車中に、下車駅を乗り過ごしたため、一度電車を下車し、同じホームから出発するはずの電車に乗ろうとしたところ、誤って転落してしまったそうです。
その時、一人ではなく、二人だったのです。夫婦で歩いていたそうです。
二人とも全盲だったそうです。
なんて、悲しいことなのでしょう。


話しは変わりますがこの前、全く違う日にとてもあたたかな光景を目にしました。
全盲の夫婦がつえをつつきながら、前を確認しながら歩いていました。
その夫婦の手を握り、真ん中にいたのが
目の見える子供だったのです。小さな子でした。
おそらく、その子は夫婦の子供だったのでしょう。
二人の手を引き、「こっちだよ。」と笑いながら歩く三人の姿は
とてもあたたかかったです。
たぶん、両親は子供の成長する姿を自分の目で見ることはできないのだろうなと
思いました。

それでも、すごく幸せだと思うのです。
たぶん。だって、とてもおだやかな笑顔だったんですもの。

彼らの歩く姿は
ぼくにものすごく強いあたたかさを与えてくれました。
すごく。

目が見えない人、耳が聞こえな人、なかなか人とうまく付き合っていけない人、
この世界にはたくさんの人がいます。
みんなお互いが助け合いながら、声をかけたり
時には手を差し伸べたり、道を譲ったり、
自分にできるささやかなことでいいから
行動していかなければいけないなと
最近、思っています。

18 January, 2011

うどん

やわらかいうどん。
こしのあるうどん。

ぼくは生まれてから、ずっとやわらかいうどんを食べて育ってきました。
つまりは
もうゆで上がって、少し伸びてしまったうどんということです。

こしのあるうどんを食べて、「おいしいな。」と思ったのは
2年前くらいでしょうか。
最近です、うどんにはこしが必要だと感じるようになったのは。

やわらかいうどんの良さは
噛まないでも呑み込めることです。
「なんだかやる気がでないな。」と思うときはぼくはやわらかいうどんを食べます。

そうだ、こしのあるうどんを家で食べたことがありません。
そういううどんはいつもお店で食べるのです。

うどん。
やわらかいもの。
こしのあるもの。

ぼくはどちらも好きです。