28 December, 2010
きっと
何かの意味があるから生まれてきたのだなあと思います。
じゃなきゃ、生まれてこれないというか。
何億分の1の確立で生まれてきたということですもんね。
100000000とか。
1000000000とか。
10000000000とか。
何億分の代表なんですよね。
ぼくらは。
不思議ですね。代表になったつもりはなかったのに。
でも、いつの間にか代表なんです。
代表らしいこと、全然していない。あわあわ。
代表なら正々堂々、胸くらいは張っていきたいものです。
人って、病気になった時に「生きてる。」っていうことを深く自覚します。
「死にそう。」ってくらいに寒いところに行くと、「生きたい。」「死にたくない。」って思います。
お腹がすいている時に、「あの時のご飯を残さずに食べておけばよかった。」と思い起こします。
普段は気づかないものは、実はすぐそこにあるのですよね。
だから、+と−は両方持っていた方がいい。
−は、なかなか見えないものですが。でも、−があることをちゃんと自覚して生きていくというか。
そう思います。
27 December, 2010
26 December, 2010
元気かなあ、そして、家。
彼らはスイスに住んでいるそうです。
いいところですね。
スイスは飛行機のトランジットだけで、降りたことはありません。
行ってみたいなあ。スイス。
ところで
ぼくには、スイス人の友達がいます。
Madeleineという女の子です。
ぼくがベルリンに住んでいる時にとてもやさしくしてくれました。
ご飯に誘ってくれたり、オーケストラの演奏を聴きに行ったり。
元気かなあ。
今、ヨーロッパは大寒波です。
寒波の影響は色々なところにでてきています。
フランスの空港では、飛行機が出発できなくて
何日間も空港で寝起きしなければいけない人たちもいるみたいです。
空港の暖房なんてたかが知れていますし、かわいそうです。
荷物もチェックインしてしまった人たちは出せないようなのです。
ああ、かわいそうです。
ぼくも10日間、家がなかったことがあるので
気持ちは痛いほどわかるのです。
かわいそうです。
家がないというのは。
24 December, 2010
18 December, 2010
14 December, 2010
体育
バレーボールとバスケットボールのふたつの種目に分かれてやっていました。
ぼくはバスケットが大嫌いなので、バレーにしていました。
体育館の中で試合をどちらもしていると
急にバスケットのみんなが静かになりました。
どうしたのかと、バスケットの方を見てみると
一人の女の子が倒れていました。
女の子は男の子に試合中に、バスケットゴール付近で、かなり強い接触をしてしまったようで、顔を押さえたまま立ち上がれないでいました。
先生がすぐに救出に向かい合いました。
女の子は授業が終わっても立ち上がれないでいました。
授業後の更衣室で、故意ではないのに加害者になってしまった男の子を見かけました。
彼の手は震えていました。
接触時に負った怪我のせいなのか、人を傷つけてしまったという罪悪感からかわからないですが、彼の手は震えていました。
人は、自分以外の誰かを故意ではないのに傷つけてしまうことがあります。
突然、人と人という関係から
被害者と加害者という関係に変わってしまうのです。
本当は、そんなの何もないまま、ふつうに暮らしたいと思いますが
この社会では、毎日人と接触するので避けられないことだと思います。
大切なのは
人を傷つけてしまった後、そのことをずっと引きずって、自分の殻に閉じこもらないことです。
傷つけてしまったら、もうしょうがないです。
その被害者の人に直接何か返すことはできないかもしれない。
であるなら、これから出会う人や、出会ってきた人を、もっともっと大切にしたり、喜ばせたりすればいいと思うのです。
人は人を傷つけたり
そして、喜ばせたり
いろんなことを乗り越えていかなければならないのだと
体育の授業で学びました。
12 December, 2010
09 December, 2010
作りたいもの
水面に舟を浮かべて、それが燃える光景。
好きな人といっしょに口笛で合奏。
四角形のガラスの中に、二つの惑星をレーザーで彫刻。
駅や道に落ちて、汚くなってしまったガムに、笑顔を描く。
柔らかい粘土を地面に落とす光景、焼いて固くなった粘土を地面に落とす光景。
暗い夜道で、流れ星を再現。
灯台の光を、灯台とは違うところにもってくる。
薄いティッシュペーパーが風に揺られて、水面に落ちて沈む光景。
あわわ。
たくさんやりたいことはあっても、言葉にできないものもありますし
タイトルが浮かばないものもあって
なかなか難しいです。
でも、見てくれた人が、ほわっとした気持ちになる作品を作りたい。
そう思っています。
07 December, 2010
05 December, 2010
泣き声
ぼくが住んでいる町の隣の町で、ベビーシッターが女の子を殺めてしまうという事件がありました。
なんでそんなことをしたんだろうというベビーシッターへの怒りと
女の子はきっとお母さんに会いたくて会いたくてしかたなかっただろうなという悲壮感をいだきました。
きっと、一人、恐怖で大声で泣いていたのでしょう。
女の子のお父さんとお母さんは離婚していて、家にお母さんはずっといなかったそうなのです。
なんで、こんなことを書いたのかというと
今日、お昼ご飯を食べに入ったお店でとても威勢よく泣き叫んでいる小さな子がいたからです。
威勢良すぎて、気持ちがいいくらいの泣きっぷりでした。
といっても、その子はお母さんの膝の上で大声で泣いていました。
店内に響き渡る泣き声。
とても大きな声だったのでびっくりしました。
その子は何か気に入らないことがあったみたいでした。
しかし、ぼくがお店を出る頃には、すっかり笑っていました。
その泣き声を聞いて、お母さんの側で泣くことができることは大事なことなんだなあと改めて感じました。
世の中には様々な家族の形があります。
どんな形であろうと
必要なのは、泣くことを受け止めて、優しく包んでくれる存在がいることなんだなと感じました。
04 December, 2010
03 December, 2010
02 December, 2010
30 November, 2010
作品について
朝はとても寒いです。
今日は朝、5時に起きました。
6時には家を出るのです。
明日も早いので、今日は早く寝ようと思います。
突然ですが
ぼくは作品を作っています。
朝から晩まで。
手を動かしたり
あれこれ頭のなかで考えたりしながら。
一応、「これを伝えたい。」という気持ちをもって作品を作っています。
これとは、何か。
それは、
「人を好きになったり、恋したり、時にはケンカしたりもしますが
2人でいる今がとても幸せです。」
というものです。
ただそれだけなのです。
「自己満足じゃん、そんなの。」と言われてしまうかもしれませんが
それでいいと思っています。
でも、中途半端な自己満足ではなくて
100パーセントの自信満々な自己満足でやっているつもりです。
自己満足もしっかりと、ちょっとやりすぎじゃないのかなと思うくらいやり尽くせば
誰かの心に届くかもしれないと
思うのです。
明日も作品を作ります。
今日は早く寝ます。
29 November, 2010
27 November, 2010
目や耳
そんなことをふと
思うときがあります。
もし、目が見えなくなったら
君の顔を見れなくなるし
君の家にだって行けなくなる。
君の書く文字や
すてきな言葉たちも
見えなくなる。
もし、耳が聞こえなくなったら
君の言っていることもわからなくなるし
君の笑い声も聞けなくなる。
うわあ、考えただけで、泣いてしまいそうです。
まだまだいっしょにしたいことはたくさんあるのです。
いっしょに星を眺めながら暖かいコーヒーを飲みたいし
手を繋いで、また桜を見たい。
遠くの国にもいっしょに行きたいのです。
目が見えて
耳が聞こえる今。
もっと君を大切にしなければ
と思いました。






